なぜ国内総生産(GDP)では「豊かさ」「幸福」を計測できないのか

本記事は、尾原和啓氏、宮田裕章氏、山口周氏の著書『DX進化論 つながりがリブートされた世界の先』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。

(画像=PIXTA)

幸せな未来を築くために必要な「価値」とは

これからの新しい社会で生きていく私たちが、幸せな未来を築くために、必要なものとは何なのでしょうか。私はデータやそれに関連するテクノロジーなど、科学を使って現実をよりよくする活動を通じ、長い間「価値」について考えてきました。

では、ここで言う価値とは何か。『共鳴する未来』でも述べていますが、人類の歴史において、多くのコミュニティ、国家、集団が試みてきたのは、上位の価値であるコアバリューを設定し、それに基づいて具体的な価値や規範を定めることでした。

ただ、このような仕組みによって定立されたコアバリューは、仕組み上の課題として、各集団同士の衝突や争いを内包しています。しかも、環境負荷に対する企業や国家の責任、自由と安全保障のバランス、歴史認識など、価値の衝突による対話の困難性という問題も生じてきます。

そこで法律や貨幣など、対象とする価値を具体的なものに限定するといった工夫がなされてきたのですが、コロナ禍における命と経済のように、2つ以上のルールが異なる見解を与えてしまうケースもあることは無視できません。

たしかに、社会のルールを設定することは、相互コミュニケーションを円滑にするというのも事実です。しかし、それらを絶対視した結果、他の重要な価値を置き去りにしてしまうとしたら、不十分であると言わざるを得ません。

そうした現状を踏まえて、データ駆動型社会ならではのアプローチが1つの解となります。つまり、平和と安全、環境への影響、貧困対策、健康の保障など、多様な共有価値を可視化したうえで、対話の共通言語を獲得する試みです。

たとえば、豊かさを測る指標としてのGDPは、貨幣的価値という断面的なものでしかなく、少なくとも私たちの多様な「豊かさ」や「幸福」を計測するものとしてはすでに限界を迎えています。それでは、社会の実相を捉えられません。

事実、経済学者のジョセフ・スティグリッツらを中心に設置された委員会では、GDPの限界に言及しつつ、「客観的および習慣的なウェルビーイング(well-being)」の計測が鍵になると述べられています。しかもこうした主張は、すでに2009年頃からなされているのです。

なぜ国内総生産(GDP)では「豊かさ」「幸福」を計測できないのか

ウェルビーイングや価値の多様性、いわば「持続可能な共有価値」を中心に豊かさについて考えるようになれば、人々のウェルビーイングを実現するための手段として、さまざまな共有価値があり、その1つに貨幣がある、と捉えられるようになります。

こうした発想の転換は、これからの社会において、より実態に沿う幸福を測る基軸になると思われます。経済という偏った指標から、身体的、精神的、社会的に良好な状態であることを是とする発想は、本来の豊かさにより近く、生き方の充足につながります。

ただし、ひとりひとりの行動が所属するコミュニティや地域、国、さらには世界とつながっている現状を鑑み、「自分だけ幸せならいい」ではなく「こうすればみんなが幸せになれる」という発想も同時に求められます。

それを私は、「Better Co-Being(ともによりよくあること)」と呼び、データの力によって可視化された多元的価値、つまり共有価値として、幸せな未来を築くために不可欠なものであると考えています。

これからのデータ社会では、私たちひとりひとりが何を考え、どう行動し、何を食べ、何を着て、どんな仕事や遊びをするのかという、個々の選択が相互に影響を与えていきます。だからこそ、多様な豊かさが共存すること、そしてそれが持続可能な社会につながるかという観点から、共有価値の意味が問われます。

そのときに必要なのは、上から与えられるトップダウン型の意識ではなく、各々が社会をつくりあげるボトムアップ型の意識です。それは、世界との新しい社会契約の結び直しとも表現できるでしょう。

Better Co-Beingを志向する社会において、「選挙」と「投票」によって代表者を選ぶという従来の仕組みに支えられてきた民主主義も、あり方の変更を余儀なくされているのかもしれません。

民主主義の基礎を築いたジョン・ロック(※)は、「所有の権利を与えられている個人同士が、相互に社会契約を結び、国家をつくる」と述べ、自然状態から、政府が存在する社会状態をイメージしていました。ただそこには、選挙だけが政府を選択する手段ではないという発想も示唆されているように思われます。

意思決定をひとりひとりの選択にまで落とし込み、お互いに多様であることを認め、それを実装できるテクノロジーが実装されつつある今、私たちはあらためて、どんな社会契約を結びたいのかを考え直すときにきています。

選挙と投票という従来の手法ではなく、社会契約を多層的に結ぶためにデータを活用し、あらゆる行動と選択が社会に反映していくこと。それはすなわち、日々の暮らしそのものが民主主義の一部になるということかもしれません。

ドイツのメルケル首相がコロナ下の演説で、国民に訴えかけたように、情報の共有と人々の参加を社会に循環させていくことが、これからのあるべき民主主義のエンジンになります。データやテクノロジーの活用によって、それを実現する姿勢が、私たちに求められているのです。

では、その土台となるコミュニティや社会制度、あるいは幸せという発想そのものの捉え方は、どうあるべきなのでしょうか。あるいはそこに、私が提唱する「最大〝多様〟の幸福」という考え方が、どうかかわってくるのでしょうか。

(※) イギリスの哲学者。啓蒙時代を準備した思想家としても位置づけられる

尾原 和啓 1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート(2回)、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレイトディレクション、サイバード、電子金券開発、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。著書に『アフターデジタル』(共著、日経BP)、『ITビジネスの原理』(NHK出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎 NewsPicks book)、『プロセスエコノミー』(幻冬舎)など多数。山口周氏との共著に『仮想空間シフト』(MdN新書)がある。宮田 裕章 1978 年生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業。慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授。専門はデータサイエンス、科学方法論。2003年、東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士(論文)。2015年より現職。専門医制度と連携した NCD、LINE×厚生労働省「新型コロナ対策のための全国調査」など、科学を駆使し社会変革を目指す研究を行う。 2025 年日本国際博覧会(大阪・関西万博)テーマ事業プロデューサーのほか、厚生労働省 保健医療2035 策定懇談会構成員、厚生労働省 データヘルス改革推進本部アドバイザリーボードメンバーなど。著書に『共鳴する未来』(河出新書)、『データ立国論』(PHP 新書)がある。 山口 周 1970 年生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーン・フェリーヘイグループ等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発に従事。現在、株式会社ライプニッツ代表、株式会社中川政七商店、株式会社モバイルファクトリー社外取締役。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』(光文社新書)でビジネス書大賞 2018 準大賞、HRアワード2018 最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『自由になるための技術』 リベラルアーツ(講談社)などがある。※画像をクリックするとAmazonに飛びます『DX進化論』
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