麻倉怜士のデジタル時評--ワイヤレス化はホームシアターを本格普及させるか

 オーディオ&ビジュアル評論家麻倉怜士が、注目機器やジャンルについて語る連載「麻倉怜士の新デジタル時評」。今回は、2021年に入ってから高い注目を集めているワイヤレスホームシアターについて紹介する。ヘッドホンやスピーカーなど多くのオーディオ機器がワイヤレス化される中、なぜホームシアターはワイヤレス化が進んでいないのか。また今回注目を集めた背景には何があったのかについて解説する。

ホームシアターがなかなか普及しない2つの理由

 2021年、相次いで発売された2つのホームシアター製品が注目を集めている。1つはオンキヨーの「SOUND SPHERE(サウンドスフィア)」。もう1つはソニーが7月に発表した「HT-A9」だ。

「SOUND SPHERE」 「HT-A9」

 いずれも、サテライトスピーカーへの接続を無線にしたワイヤレスホームシアターシステムで「設置、配線が面倒」というこれまでのホームシアターのデメリットを解消した製品になっている。

 そもそも、製品自体は、かなり前から登場しているにもかかわらずホームシアターの普及はなぜ進んでいないのか。その理由は大きくわけて2つある。1つは、ホームシアターを自宅に構築しようと考えているユーザーは、いわゆるマニア層に限定され、一般的なユーザーは、そろえても「サウンドバー止まり」になっていること。もう1つは、設置、配線が面倒かつ、商品が高額なため、手を出しづらい点にある。

 一方で、映像側の進化は止まらない。4K解像度のテレビが登場し、有機ELテレビが普及台数を大きく伸ばしている今、テレビの画質と解像度は右肩上がりで良くなっている。しかし内蔵スピーカーは、テレビが薄型化され設置面積が少なくなった分、映像の進化とは完全に反比例し、音の劣化が進んでいる。テレビ視聴時における音の満足度を上げたいというユーザーの気持ちが高まる中、登場したのがオンキヨーのSOUND SPHEREだった。

 この事実は、SOUND SPHEREの販売実績が大きく裏付けている。クラウドファンディングで販売されたSOUND SPHEREは、2.1ch(5万4800円~)、3.1ch(6万9800円~)、5.1ch(8万9800円~)の3モデル。当初は価格的な観点から2.1chモデルが販売の中心だろうと見ていたが、蓋を開けてみれば、大半を5.1chモデルが占めていたという。

2.1chシステム 3.1chシステム 5.1chシステム

麻倉怜士のデジタル時評--ワイヤレス化はホームシアターを本格普及させるか

 ここから読み取れるのは「今までホームシアターに適切な商品がなかった。では何が適切だったのかというとワイヤレスだった」ということ。ここが市場がブレイクポイントになっている。

 設置、配線が面倒という、ホームシアター導入時の大きなハードルをワイヤレスで解決したSOUND SPHEREだが、高音質を実現している性能面も人気を後押ししている。

 ヘッドホンやスピーカーで多く使用されているBluetoothは手軽だが、音を圧縮して伝送する必要があり、圧縮、解凍時にバッファリングしなければならず、音の遅延が発生してしまう。リップシンクのズレは、ホームシアターとして使うには致命的。それがワイヤレスホームシアターが普及してこなかった理由の1つだ。

 SOUND SPHEREでは、ワイヤレス伝送技術「WiSA(ワイサ)」を採用。96kHzのロスレス音声の伝送を実現している。WiSAは有線接続と同等の伝送精度を持ち、有線と混在してもディレイが気にならない再生環境を構築できる。

WiSAが実現する接続いらずのワイヤレスホームシアター

 実は、WiSAは新規格というわけではない。登場したのは10年以上前、米国の半導体企業であるサミット・セミコンダクターが開発し、グローバルで見れば、すでに50社以上の企業が導入に踏み切っている。では、なぜここに来て注目され始めたのか。その理由は、2020年末に「SoundSend」と呼ばれる送信機が発売されたからだ。

 以前は、送信機と受信機を同一ブランドで完結する必要があり、同じブランドのWiSA機能を内蔵したテレビとアクティブスピーカーという組み合わせが一般的だった。それではテレビとスピーカーをワンセットで購入するしかなく、広がりがない。閉じられたワイヤレス伝送システムだったのに対し、SoundSendはWiSAのスピーカーにオープンな形で伝送するシステムを構築した。

 SoundSendは、HDMIのオーディオ伝送機能であるeARC(Enhanced Audio Return Channel)に対応していることが特徴。HDMI入力を備え、テレビと接続してeARCの音声信号を受け、スピーカーに音声信号を送り出す仕組みだ。日本のテレビメーカーの多くはすでにeARCに対応しているため、対応機器は一気に広がる。これで得られる恩恵は大変大きく、規格をオープンにしたことがWiSAにとっても、テレビメーカー、オーディオメーカーにとってもよいことだと思う。

 WiSAをいち早く採用し、注目を集めたSOUND SPHEREだが、長所はこれだけではない。スピーカーは高さ171mm✕横110mm✕奥行き143mmのコンパクトサイズだが、しっかりとした音の仕上がりで、くっきりとしたサウンドを楽しめる。いわゆるドンシャリ感はなく、好ましい高音質を実現できたこともSOUND SPHEREの人気を裏付けているだろう。

 今回、クラウドファンディングという販売手法だったが、オンキヨーでは、事前に試聴会を開くなどの対策をとっており、そうした音を聴ける環境を整えたことも販売につながったと思う。