住宅ローン減税は設計を変えつつ長年にわたって実施され続けている
控除率は1%から0.7%へ変更となるが…2021年12月10日、与党税制調査会(以下、与党税調)から来年度の税制改正大綱が公表された。例年の税制改正大綱は、政府税調の審議を経て12月上旬に閣議決定され、翌年1月の通常国会(財務金融委員会、財政金融委員会および本会議)で可決・成立後、4月1日から施行という段取りになる。過去、与党税調の答申が大きく変更された例はないことから、基本的にこの与党税調の答申で方向性がほぼ決まると言っていい。既に報道などで明らかなとおり、2022年度は住宅ローン減税が大きく変わる。ここ数年10%への消費増税対策およびコロナ対策で拡充されてきた住宅ローン減税は、一転縮小される方向で見直されることとなった。
2022年度の住宅ローン減税
具体的な変更内容は、以下の通り。
① 減税の対象となる住宅ローンの控除率を1%から0.7%に引き下げる
② 住宅ローン控除の年末元本の上限を一般住宅で4,000万円から3,000万円に引き下げる(認定住宅は5,000万円、ZEH住宅は4,500万円、省エネ基準適合住宅は4,000万円と新たに段階を設ける)
③ 住宅ローン減税が活用可能な世帯年収の上限を3,000万円から2,000万円に引き下げる
④ 減税期間を新築住宅は13年に(見直しありと明記)、中古住宅は10年とする
⑤ 新築住宅のみ対象となる住宅の面積を40m2以上とする(世帯年収上限1,000万円)
⑥ 住宅購入目的での資金贈与にかかる贈与税非課税枠を2年延長し、上限を1,500万円から1,000万円に引き下げる(2022年1月以降)
住宅市場への影響は? 買い替えをどう考える?
住宅ローン制度は国の重要な景気浮揚策であり、今回も4年間の制度延長が明記されたが、制度自体は縮小に向かうこととなる。これは、一義的に会計検査院から2021年度の税制改正大綱について住宅ローンが超低金利状況にもかかわらず、1%控除では金利負担以上の還付で“逆ザヤ”になるとの指摘があったことを受けた措置だ。ある調査によれば、住宅購入の動機となった資金面の要因として「住宅ローン金利が低い」と並び「住宅ローン減税が魅力的」との回答が上位を占めており、取りも直さず住宅ローン減税制度の縮小は、住宅の売れ行きに大きな影響を与えることになる。コロナ禍において住宅価格が安定的に推移しているのは低金利、ローン減税、贈与税非課税枠の“3点セット”が効力を発揮しているためだが、そのうち2つが縮小ということになると2022年4月以降の住宅価格の下落および供給・流通件数の鈍化、もしくは3月末までの“駆け込み需要”など、マーケットでの比較的大きな変化が発生することも予想される。一方で、新たに住宅ローン減税の対象と明記された省エネ基準適合住宅は現状70%を超えているとの国交省の統計もあり、結果的に大きな縮小にはならないとの見方もある。住宅ローン減税制度の来年度からの”縮小”は、住宅市場にどのような影響を与えることが想定されるのか、また2022年度以降は住宅購入、買い替えなどをどのように考えればいいか、金融と住宅制度に詳しい専門家の意見を聞いた。
環境対応・ライフスタイルなどの課題に対応した内容。市況悪化要因にはつながらない ~ 室剛朗氏
室 剛朗:J-REIT草創期より金融機関系シンクタンクで不動産証券化関連業務に従事。現在、(株)価値総合研究所にて、不動産投資市場・低未利用不動産再生・被災地復興まちづくり事業・駅周辺再開発・既存住宅流通に係る調査・コンサルティング業務に従事。麗澤大学経済社会総合研究センター客員研究員2021年12月税制改正の大綱が示されたが、住宅ローン減税は一定の条件のもと4年間延長することが決まった。新築・中古にかかわらず控除率は1%から0.7%へと下がったものの、控除期間は10年から13年に延長された。いわゆる逆ザヤ問題の緩和と所得制限に関する是正という観点では一定の評価はできる。また、既存住宅の築年数要件を「耐火住宅 25 年以内、非耐火住宅 20 年以内」から「1982年以降に建築された住宅(新耐震基準)」に緩和したことに加え、新築住宅の床面積要件について、40 m2以上に緩和したことも時代の要請に対応した措置と考えられる。特に面積緩和については弊社が調査協力を行った不動産流通経営協会(FRK)の「既存住宅需給モデルに関する調査」における分析結果においても、需給ギャップ(需要サイドの欲する面積帯が、現存しているストックでは不足している)が生じていることが明らかになっており、世帯構成やライフスタイルの変化に対応しており、潜在需要の喚起が期待されるところである。これら以外に大きな点はやはり、住宅の環境性能等に応じたさまざまな緩和措置であろう。認定住宅などの環境性能などに配慮した住宅について、借入限度額の上乗せ(5,000万円。一般の新築住宅は3,000万円)や控除期間の延長(13年間。一般の新築住宅は10年間)と明確な差が設けられている。実際の控除額で考えてみると、最も控除の大きい新築の認定住宅(長期優良認定住宅、認定低炭素住宅)では最高455万円の控除額となるのに対し、新築の一般住宅では同273万円となり、その差は182万円と計算できる。これに加え、子育て・若者夫婦世帯に最大100万円となる省エネ住宅補助などもあり、潜在需要の掘り起こしが期待できる。供給サイドの取り組みも進んでいる。各社スマートハウスの供給を進めており、既に各社ともに普及拡大路線から標準仕様にシフトしている様子がうかがえる。脱炭素の流れの中で、今後もこの流れは続いていく可能性が極めて高い。また、中期的には銀行の融資姿勢についても影響が出てくることが想定され、環境対応できているか否かが価格形成に影響を与えていく可能性が高い。一般に環境対応型の住宅はイニシャルコストの高さや、設備更新等のランニングコストが高いことから忌避されてきた側面もある。三菱地所系のMEC Industryの例にあるように、木材サプライチェーン全体の効率化により、安価な住宅が建設できる可能性は残されていることが示された。こうした取り組みを含め、より安価(で良質)な住宅の供給を進めていくことが、(より所得の低い層もターゲットとしていくこととなり)潜在需要の掘り起こし・市場の成長につながると期待している。
複雑化する減税制度等、事業者選定にも変化 ~ 高橋正典氏
高橋正典:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など長らく指摘されてきた「住宅ローン減税の逆ザヤ」問題にようやくメスが入った。1980年代に始まった、住宅購入を後押しする減税制度も、ある意味恒久化し特に昨今の低金利下においては、支払う金利以上にお金が戻ってくるという制度となっており、その是正に一歩踏み込んだのが「2022年度版住宅ローン減税」といえるだろう。しかし、単なる是正のみならず、そこには今後日本が目指す「脱炭素」「カーボンニュートラル」という住宅の「性能」によってその差を付け加えた税制になったことから、国からの新たなのメッセージを読み取ることができる。さて、昨年までとの具体的な違いだが、先の省エネ性能等により減税額に優劣をつけたことによって、いわゆる一般的な住宅(「その他住宅」と区分けされている)では、住宅ローン借入限度額が4,000万円から3,000万円へと引き下げられた。また、すべての住宅を対象として税控除率が年末の借入残高の1%から0.7%へと引き下げられた。しかし、減税期間については昨年までよりわかりやすく13年と統一された(ただし、「その他住宅」は2024年以降は10年)。しかし、これはあくまで新築住宅および宅建業者による買取再販売物件が対象であり、既存住宅いわゆる中古住宅は昨年同様に上限2,000万円までで期間10年間のままだ。ここで、既存住宅について少し掘り下げてみたいと思う。上限も期間も変わらないが、税控除率は0.7%に下がったため、10年間の最大控除額は200万円から140万円と縮小になる。具体的に比較すると、控除額全額が戻る程度の年収があると仮定して、金利0.5%で35年返済の場合の当初10年間で支払う金利の総額に対して、昨年までの減税制度である年末借入残高の1%が戻る場合の10年間の減税額の上限額(200万円)を比較した場合の分岐点は4,610万円である。つまり、4,610万円までの借入の場合は、10年間で支払う金利総額よりも税控除で戻ってくる金額の方が多くなり得する計算だった。しかし、0.7%となった場合の分岐点は3,220万円に下がり、この額を下回る借入額の場合は昨年までと同様に得する計算になるが、上回る借入をすれば支払い利息の方が多くなる。とはいえ、多くなると言っても本来支払うべき金利の戻り幅が減っただけで、誰もが損をするわけではないのだが・・・ただし、これは一人でローンを組んだ場合のことであり、ここ数年で倍以上にも増えたとされる夫婦等2人でそれぞれ融資を受けるペアローンであれば、支払っている所得税にもよるが、二人でそれぞれ減税を受けることでその恩恵を増やすことは可能だ。最後に、新たにスタートした制度の一つに「こどもみらい住宅支援事業」というものがある。この事業は、子育て世帯や若者夫婦の住宅取得を支援するもので、夫婦どちらかが39歳以下もしくは、18歳未満の子を有する等の条件を満たし、今回の住宅ローン減税同様に省エネ等の基準を満たすことで新築なら最大100万円が補助される。また、既存住宅であれば多くの場合購入後のリフォームが行われるが、この工事についても同様の条件を満たすことで最大60万円が補助される。特にリフォームについては先の年齢制限や子を有するという条件もなく、購入する住宅が「安心R住宅」であれば割増しがあるなどの仕組みにもなっている。今回の減税制度を含めて、年々こうした補助等の仕組みは複雑化している。現実として、事業者の理解も追いついていないと思われる。消費者がすべてを理解することはさらに難しく、ぜひ事業者を選ぶ際にはこうした内容を尋ねてみることで、相手の姿勢を見極める基準の一つにしてもらえたらと思う。
制度は「きっかけ」でしかない ~ 矢部智仁氏
矢部智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中住宅ローンの控除率引き下げ(1%から0.7%に)、年末元本の上限の引き下げ(一般住宅で4,000万円から3,000万円に)、控除適用期間を10年から13年に延長することを主な変更点とする住宅ローン減税の制度変更が住宅市場動向に「急激」に強いブレーキがかかるような影響はないと考える。が、緩やかな減速がじわじわと続くことは覚悟しなくてはいけないかもしれない。
制度変更の影響を受けるマジョリティは?
国土交通省、住宅金融支援機構による住宅ローン関連の実態調査を読み合わせてみると、例えば住宅ローン利用世帯の73.2%は400万円超から1,000万円以下に入る(住宅金融支援機構による2020年4月発表調査)こと、また新規貸出額1件当たり平均は2,480万円と算出される(国土交通省による令和2年度実態調査)ことがわかる。もちろん、これらは別調査でありその数値をもって住宅ローン利用世帯「像」を捉えるのは拙速だが、拙速を承知のうえであえて言えば、そもそも3,000万円以上のローン残高を持つ(あるいはこれから組む)世帯は市場におけるマジョリティとは言いきれない。また、控除率引き下げについては控除の3年延長がもたらす緩衝効果があると考える。消費税増税の緩和措置的な施策として実施されていた控除の3年延長措置が既にあったとも見えることから延長効果に疑問の声もあるが、暫定措置ではローン残高を基にした控除額より低い額が適用される場合もあるなど控除「基準」が異なっていたことを考えると、全期間同じ基準での控除期間延長は控除率引き下げ分を全くカバーできないとも言い切れない。
制度は「きっかけ」でしかないはず
以上のような見方が「急激」に強いブレーキがかかるような影響はないと考える背景だが、そのような話は制度設計者あるいは販売事業者にとっての「理屈」であり、住宅購入者にとってはあまり関係のない話だ。もちろん金利の低さや税制優遇は購入検討や決断の「きっかけ」「後押し」になるとは思うが、購入者はそれらの条件があるから購入を決断するわけではなく、家族の暮らしに必要なタイミングに、購買力(支払い能力)に見合う買い物だと判断したから決断しただけだ。そもそも、住宅ローン減税の変遷をたどれば、もとは個人に向けた「投資減税的」な所得控除施策と理解できる内容だったのが、内需拡大にもつながる「産業誘導」「市場創造」を意図、包含した住宅取得促進税制へと変化してきた側面がある。それは今回の制度変更におけるZEHなど高性能住宅の場合については年末元本基準の据え置きや新たな基準の新設にも表れている。まさに制度設計者あるいは販売事業者にとっての「理屈」が中心にある制度変更と見える。冒頭にみたローン使用者の世帯年収や貸出平均額から想像するイメージと制度変更後のさまざまな基準の間にはどこかズレを感じる。それは「産業誘導」「市場創造」という意図による基準と、自身の支払い能力の自覚を基にした購入者の購入判断基準とのズレが背景にあるからではないだろうか。そしてこの「ズレ」が緩やかな減速がじわじわと続く状態をもたらす可能性があると考える。
市場動向への影響は制度変更よりも価格高騰
今回の「制度変更の影響を考える」趣旨からは少し外れるが、建築資材などの価格上昇を反映した不動産価格の高騰が与える影響のほうが、この先の市場動向に与える影響としてははるかに大きいと考える。住宅価格の高騰は購入者に自身の支払い能力との見合いから購入判断基準を変化させる。既に資材高騰や高性能化への適合による物件価格上昇が予測される市場で、「制度がありますから買い時です」というコミュニケーションだけでは顧客はついてこないだろう。
2022年 03月07日 11時00分
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