気候変動など全世界共通の課題に各国が結束して解決することが必要と著者は説く
著者のリチャード・ハース氏
経済・安全保障で対立する米中関係、緊張が高まるウクライナ情勢を巡る米ロ関係。国際情勢は1強の超大国であった米国のかつての覇権が揺らぎつつあるようにもみえる。本書『The World [ザ・ワールド] 世界のしくみ』(上原裕美子 訳)は著名な米外交評論家の手になる国際関係の入門書だ。欧米・中東・アジアの歴史や地域事情に始まって、核拡散・気候変動・サイバー攻撃など全世界共通の問題にまで踏み込み、その実相を読み解く。外交の専門家はもちろん、グローバル時代に身を置く我々が身につけるべき視座を提供してくれる一冊だ。◇ ◇ ◇著者のリチャード・ハース氏は、外交誌『フォーリン・アフェアーズ』を発行する米国の民間シンクタンク「外交問題評議会」の会長。外交官や外交政策担当の幹部として、長年、国際関係の現場を歩み、外交交渉や政策立案にあたった豊富なキャリアを積み重ねてきました。ジョージ・H・W・ブッシュ政権で大統領上級顧問(中東政策担当)、コリン・パウエル国務長官のもとで政策企画局長を務めています。著作も多く、とくに東西冷戦後の国際関係を巡って様々な情報発信を続けています。
■歴史の「縦糸」と地域の「横糸」で国際問題の本質に迫る
本書は大きく分けて4部で構成されています。第1部「身につけておきたい歴史知識」では、現在の国際関係を考える上で必要な歴史を振り返ります。「三十年戦争から第一次世界大戦勃発まで」「第一次世界大戦から第二次世界大戦まで」「冷戦」「冷戦後の時代」と、現代に至る4つの時間軸で説き起こしています。勢力均衡やそれに連なる列強の思惑などを精緻に解説し、なぜ、2度の世界大戦を経なければならなかったのか、その教訓は何か、そして今後どう生かしていかなければならないかに関する提言をまとめています。第2部「世界の地域」では、「ヨーロッパ」「東アジア太平洋地域」「南アジア」「中東」「アフリカ」「アメリカ大陸」の6つに分けて地域の歴史や固有の文化、地政学を踏まえながら今後の展望を示す、いわば各論にあたる解説に主眼を置いています。第1部では歴史をメーンとした「縦糸」、第2部でそれを地域に広げた「横糸」で織りなし、重層的に国際関係の問題の本質に迫ります。著者は本書の冒頭で、執筆に至った問題意識をこのように説明しています。米スタンフォード大学に通う友人の甥に大学の履修科目について質問を重ねたところ「この青年は専攻以外の科目は最低限しか履修しておらず、かろうじて履修した科目でさえ、基礎をほとんど押さえていないことがわかった」。続けて「優秀な若者が、国内最高峰の大学に入ったというのに、自分の国と世界についての基本的なことすら学んでいないのだ」と危機感を覚えたといいます。日本語訳の本書は、図表を除くと1ページあたり800字程度、原稿用紙2枚の文字数で、全体で400ページ近くの分量があり、決して初学者にとってハードルは低くありません。しかし、平易な訳文とポイントが整理された構成のため、外交の専門家はもちろん、初学者にも国際関係を理解する格好の入門書といえるでしょう。その後の第3部「グローバル時代」では、「テロと対テロ作戦」「核拡散」「気候変動」「インターネット、サイバースペース、サイバーセキュリティ」「貿易と投資」「開発・発展」など全世界に共通する問題や、今後解決していくべき課題を洗い出していきます。そして、こうした地球規模の課題について、国際社会としていかに臨むのか、その提言を最終の第4部「秩序と無秩序」で明らかにしています。巻末には「さらなる学びのために」と題して、国際問題を考える上で参考になりそうな雑誌やウェブサイトなども紹介しており、初学者の理解を助ける工夫もなされています。本書は若者に限らず、あらゆる年代の人々に向けて書いている。こうした問題(編集部注・世界に関する知識が基本的にはほとんどない若者が増えている)に関心を持たずに大学を出て、社会で年齢を重ねてしまった大人は少なくない。学んだけれど大半を忘れたという場合もあるだろう。何より、私と同世代の人たちが数十年前に学んだ知識は、今ではかなり不十分または不適当なものになっている。歴史はここ数年で大幅に解明が進んだ。私が育った1950年代から1960年代には、冷戦は永続的なものだと認識され、実際に第二次世界大戦後の40年間を冷戦が成り立たせてきた。しかしその関係は終わり、ソ連も崩壊した。かわって世界の大国となったのが中国だ。そしてインターネットから人工知能、気候変動に至るまで、かつては存在しなかった新しいテクノロジーと新しい問題が生まれている。教育は若いうちに受けて、20代前半から半ばあたりで学び終え、その後の50年間を生きていく……という考え方は捨てるべき時代が来ているのだ。高速道路のような人生を進まねばならない現代の私たちは、知識の水槽につねに水を注ぎ足していく必要がある。(まえがき 17~18ページ)
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