漢字学習 どこまで必要?
デジタル化が進み手書きの機会が減るなか、漢字の学習法は相変わらず「繰り返し書くこと」が主流です。このままでいいのでしょうか。連載「漢字学習どこまで必要?」の第1回は、国語教育が専門の長岡由記・滋賀大准教授に聞きました。
【話を聞いた人】滋賀大准教授 長岡由記さん
長岡由記さん
(ながおか・ゆき) 広島大大学院教育学研究科文化教育開発専攻博士課程修了。福山平成大福祉健康学部講師、滋賀大教育学部講師を経て2016年から現職。
「作業」になってしまう宿題
――デジタル化が進んで文字を手書きする機会は減っています。それなのに、アナログの時代と同じように、漢字の学習に多くの時間を割くことは必要でしょうか。デジタル化が進んでも、漢字を読んだり、変換候補の中から正しい漢字を選んだりすることの必要性は変わりません。仕事などで手書きをする機会は確かに減っていますが、私的な場面でメモを取ったり手紙を書いたりすることは、まだまだ日常的にあるのではないでしょうか。今のところは、漢字を正しく読み、手書きすることは重要だと言えます。私は小・中学校に行く機会が多いのですが、授業で手書きが減っているという印象はありません。「GIGAスクール構想」で学校現場に1人1台のデジタル機器が導入されてからも、特に小学校ではタブレットに指で手書きしている場面をよく見ます。――とはいえ、漢字の学習法は「書くこと」に偏っていませんか。実体験に基づき、繰り返し書くことで覚えることができるという効果を知っている人たちが先生になり、子どもに教えているということの影響もあると思います。子どもが1人で黙々とやりやすい学習法だということもあるでしょう。確かに、手を動かして覚えたことは、思い出すときに記憶を取り出しやすいというメリットがあります。ただ、そのやり方ではうまくいかない人もいます。書いても書いても覚えられなくて困っている子もいることでしょう。学生に話を聞くと、新しく習った漢字を10回書きましょうという宿題が出たときに漢字を1字ずつ書くのではなく、まずは偏だけ10回、次につくりを10回といった感じでパーツ別に書き、単なる作業になっていたという人がいました。とりあえず書くということが目的になっていて、その漢字の読み方や形を記憶したり意味や用法を確認したりしながら学ぶということには結びついていないことが分かります。国語科の授業において、すべての漢字をしっかりと教えて定着させるのは難しく、学年が上がるほど自主学習や家庭学習に委ねることになります。そのためには子どもたちが自分で学習する力をつける必要があります。しかし、現在学校で行われている漢字指導にその視点があるかというと、十分ではないところもあるのではないかと思います。――子どもが自分で学習する力をつけるにはどのような指導が必要なのでしょうか。国語科の授業では、形の似ている漢字や、同じ部首をもつ漢字など、どのように漢字を捉えるのかという学習を体系的に積み重ねています。その学習を単発的なものとして終わらせるのではなく、自己学習の視点として組み込むことが必要だと思います。また、どのような宿題を出すかも大きく影響します。現状はドリルやワークブックを使って繰り返し書かせる宿題を出す学校が多く、子どもも、その学習法しか知らないということもあるかもしれません。一方で、子どもたちに「漢字学習ノート」を作らせて総合的な知識を身につけさせようとしている学校もあります。子どもたちはノートに漢字と読み方を書くだけでなく、その漢字が使われている言葉を集めたり、文を作って書いたりします。高学年になると、同じ部分をもつ漢字や間違えやすい漢字など、自分に必要だと思う学習法を選択して取り組むことになります。このような方法で漢字学習に取り組むことによって、子どもたちはこのノートをモデルとして、漢字の使い方まで含めた学習法を定着させることができます。発達過程や個に応じた柔軟な学習法を選択するという視点も大事です。一般財団法人総合初等教育研究所が2003年に実施した調査で書字の誤答傾向をみると、中学年ごろから同音異義語などの誤答が増える傾向があります。こうした実態や子どもの発達に合わせ、学習法を柔軟に見直していく必要があります。個に応じた指導については特別支援教育に学ぶものが大きく、学習者の認知特性に応じた学習法についての研究もたくさんあります。また、日本語教育の分野でも学習者の目的や環境に応じた学習法についての研究が進められているので、それらの事例も参考になると思います。
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