「中高年の学び直し」で失敗しない方法とは

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 厚生労働省は、労働者や求職者の、学び直し(リカレント教育)の機会を増やすことを目指し、多くの人が新たなスキルを身に付けることを推奨している。一方のビジネスパーソンも、自身のキャリアアップを目指して、学び直しをはじめるケースが増えているという。令和の学び直し最新事情に迫る。(清談社 真島加代)● 人生100年時代の到来が 学び直しに影響 社会に出てから数十年、中高年のビジネスパーソンのなかには、“新たなスキルを学ぶ機会”が減っている人も少なくないだろう。そんななか、近年では「社会人の学び直し」に注目が集まっている。 「学び直しとは、社会に出て働く人が、さまざまな教育機関で新たな学びを得ることを指します。学ぶ内容は多岐に渡り、最近は今後のキャリアを見据えて学び直す人が増えています」 そう話すのは、社会人の学び直しシーンに詳しいビジネス・ブレークスルー大学(以下、BBT)の副学長、宇田左近氏だ。宇田氏は、学び直しのニーズが高まっている理由について、こう話す。

 「一つは、人生100年時代の本格的な到来です。かつては義務教育からスタートして20年ほど勉強して、40年前後働き、定年退職後は年金で10年前後の余生を過ごすのが一般的でした。しかし、医療が発達する一方で、年金問題が解決しない現在は、定年後の生活に対する不安も大きくなっています。そのため、定年が見えてくる40代以上の人は、残りの人生をどう過ごすかを模索して、学び直しをはじめるケースが多いようです」 二つ目の理由は、若い世代にも当てはまる「危機感」にある、と宇田氏は語る。とくに急速に進化するデジタル技術に置いていかれる危機感がきっかけになりやすいという。 「昨今の技術の進化は著しく、企業は業務全般にわたるデジタル化を推し進めています。今のまま、何もしなければ技術に取り残されて自分が“陳腐化”してしまうリスクがある。たとえば、以前に学校で学んだデジタル関連の技術は、今は使えなくなっているし、社会に出てから自社で学んだスキルや技術も、社外では通用しない可能性が高い。これまで学んだスキルや、歩んできたキャリアなど、『自分の市場価値』に不安を覚えた人も、学び直しをする傾向があります」 そうした学び直しをする人々の“受け皿”になっているBBTには、中高年はもちろん、10代から70代まで、幅広い年齢層と、多様な職種の学生が在籍しているという。 「当校には『グローバル経営学科』と『ITソリューション学科』という、二つの学科があり、オンライン上で実践的に経営を学べるのが特徴です。学生の職業は会社員や料理人、元アスリートなどさまざま。親の稼業を継いだのを機に、基礎から経営を学びたいという中高年の男性や、BBTでグローバル経営を専攻し、バックオフィス業務からフロント業務にステップアップした女性もいます」 そうして一度でも学び直しした人は、卒業後も常に学ぶ姿勢が身に付くという。 「学び直しをすると、自分に足りない部分がどんどん見えてきて、さらに深く学ぶ必要性を感じる。新たなキャリアを築くには、学び続ける必要があるんです」

● オンライン授業の スクールが増加 今後のキャリア形成にも関わる“学び直し”は、どのように行えばいいのだろうか。かつては「働きながら大学院に通ってMBA(経営学修士)を取得する」「英会話スクールに通う」などが一般的な方法だったが、宇田氏は「オンラインでの学習を勧めたい」と話す。 「従来は実際に学校に通うスタイルが主流でした。しかし、働きながらでは気力体力ともにかなり消耗するので、ちゅうちょする人も多いです。その点オンラインならば、PCやスマホ、タブレットを活用しつつ、場所を選ばずに講義が受けられる。BBTは、開校当初から完全オンラインで授業を行っていました。最近はコロナ禍も相まって、オンラインで授業を行うスクールが増えていますので、それらをぜひ活用してほしいです」 次に必要なのは、教員や学生と議論する場所だ。教員と生徒が1対1で講義内容に対する学生の質問に答え、また学生の発言に対してフィードバックしたり、学生同士が議論したりする機会があると、自分の考えを表現できるようになる。 「そして三つ目に重要なのが、“自分の意見”を外に出す機会があること。アウトプットの機会が大切です。知識をインプットするだけの学びは、仕事に生かしにくいです。学生同士あるいは教員とのディスカッションやリポートなどの課題発表を通して、伝える力を身に付ける必要があります。たとえば、学び直しでTOEICの点数が上がっても、自分の言葉でしゃべれなければ意味がない。今は、実践的な力を身に付ける学び直しが求められています」 講座の内容とともに上記の条件を意識して学び先を選ぶと、仕事のキャリアアップにもつながりやすい、と宇田氏。 「中高年層のなかには『今から学び直しをしても遅いのでは』と、ためらっている人もいるかもしれません。しかし、学び直しは、早すぎることもなければ、遅すぎることもありません。始める年齢はまったく関係ないので、キャリアに不安が芽生えたときが、学び直しのタイミングと捉えたほうがいいでしょう」 先が見えない今こそ、学び直しの始めどきなのかもしれない。

「中高年の学び直し」で失敗しない方法とは

● MBAを取得した きっかけは“焦り” 実際に学び直しをして、自身のキャリアを大きく変えたビジネスパーソンにも話を聞いた。エンジニアリングファームの株式会社メイテックで技術者として働く、小金澤嘉幸氏だ。彼は、2017年から2年間ビジネススクールに通い、44歳のときにMBAを取得したという。 「私の専門は制御系のソフトウエア開発です。メイテックに正社員として所属しつつ、顧客先に派遣されて、設計仕様を作ったり、プログラミングをして制御したりするのが主な業務でした。現在は、顧客先で事業の立ち上げや、アイディアの創出をする『事業開発業務』でコンサルティングをしています」 社会に出てから、42歳までエンジニア一筋だった彼が、専門外の経営学を学ぶ「MBA」に興味を抱いたきっかけは、ある交流会での出会いだったという。 「以前はMBAに対して、起業する人や大企業のエリートが取得する学位であり“自分には関係ないもの”と思っていました。でも、エンジニアの交流会に参加したとき、MBAを取得したエンジニアの方と知り合って『エンジニアでもMBAを取る人がいるんだ』と、衝撃を受けて興味を持ったのがはじまりです」 好奇心が膨らむ一方で、胸の内には「キャリアへの焦りも感じていた」と、小金澤氏は振り返る。 「昨今は年功序列や終身雇用が崩壊し、雇用の形がどんどん変化していて、不安定な世の中ですよね。その影響で40歳を超えたあたりから『何か始めなければマズい』という焦りが、MBAへの関心をより強くしたように思います」 その後すぐに、名古屋商科大学のビジネススクールに通い始めた小金澤氏。スクールには、彼以外にエンジニアはいなかったというが、未知の分野に飛び込む不安はなかったのだろうか。 「仕事はかなり慎重にするほうなのですが、プライベートは逆に楽観的で『とりあえずやってみよう』と、勢いで始めてしまうタイプなんです。当時も、MBAについてほぼ何も調べずにビジネススクールに入学しました。周りの学生は、外資系企業や金融機関に勤めるサラリーマンがほとんどで、私はクラスメイトに『どうして入学したの?』と、理由を聞かれることも多かったです」 初めこそ疎外感はあったものの、いざ学生生活が始まると、学生同士でともに切磋琢磨(せっさたくま)する日々が待っていたという。仕事と食事、睡眠以外は、すべて勉強に充てる、かなりハードな日々を過ごした。 「そうなると、楽しむしかないですよね。24時間という限られた時間のなかで、仕事と勉強を両立するには、どんな短い時間もムダにできない。会社の飲み会は断り、スマホでネットサーフィンしていた時間も勉強に充てました。そうするうちに、自分の“ムダな時間”が可視化されたんです。在学中ほどではありませんが、今もすきま時間は知識のアップデートに使っています」

 そうして2年間の大学院生活を終えた小金澤氏。MBAを取得した現在は、以前とは見える世界がまるで違うという。 「何より、視野が広がりました。昔は、自社の経営層が発信するメッセージの本質や、経営方針がよく分からなかったのですが、納得感を持って受け取れるようになりました。その結果、現場と経営層の思考のギャップを埋める、橋渡し役もできるようになったんです。これは自分にとって大きな価値であり、財産ですね」 また、求められる業務の内容が一気に変わり「自分の市場価値が上がっているのを感じる」と、小金澤氏は語る。実際、外部人材としては珍しく、顧客先で行っている「新規事業開発」に携わるなど、キャリアの幅が広がった。 「学び直しに対して“攻め”のイメージを持っている人は多いかもしれません。でもこれからは、私のように“守り”の気持ちで、学び直しをする人が増えるはず。私にとって学び直しは、自分の市場価値を維持するために、欠かせない手段になりました。なので、MBAを取って終わりではなく、今もウェビナーで新しい情報をインプットしたり、それを仕事にアウトプットしたり……学びに終わりはないですね」 小金澤氏は「途中でやめるのも自由なので、気軽に始めてほしい」とアドバイスを送る。これからのビジネスパーソンには学び直しのみならず、“学び続ける”ことが、重要なのだろう。宇田左近(うだ・さこん)ビジネス・ブレークスルー大学副学長・経営学部長・教授東京大学工学部卒業、同大学院修士課程修了、シカゴ大学経営大学院修了。日本鋼管(現JFE)を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。現在は、さまざまな企業で役員を務めつつ、ビジネス・ブレークスルー大学で教べんを執る。

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