VR治療プログラムも登場 広がる「デジタル治療」の可能性

糖尿病治療やうつの症状管理など広がるデジタル治療の領域

デジタル治療の歴史は、2010年、米国Welldocが2型糖尿病治療アプリ「BlueStar」で米国食品医薬品局(FDA)の認可を取得したことからスタートする。糖尿病患者が日々測定したアプリに入力する血糖値データなどに基づき、食事療法や運動療法に関する指導や、生活習慣アドバイス、適切なインスリン注射量などの情報を提供するもので、アプリ上で医師への相談も可能だ。

以降、米国を中心に世界中でデジタル治療の開発が活性化している。イスラエルのSIVAN Innovationは、肺がん患者の再発や合併症を早期に発見するためのアプリ「MoovCare」で、フランスでは初めてとなるデジタル治療の保険償還を受けた。患者は週に一度、症状(食欲減退や呼吸困難など)に関する簡単なアンケートを回答、問題があれば医師に通知するという仕組みで、肺がん患者の全生存期間を有意に延長する効果や、QOL向上効果が確かめられている。

他にも、軽度から重度のうつ病の症状を管理するアプリ「Deprexis」(GAIA社)や、不眠症改善アプリ「Sleepio」(Big Health社)など、さまざまなタイプのデジタル治療が登場している。身近なところでは、Apple Watchに搭載されている心電図アプリもFDAの認可を取得しており、2020年には日本でも医療機器承認を取得した。デジタル治療は医薬品などに比べて開発コストが安価であり、医療費の伸びの抑制にもつながることから、各国は開発促進に向けた新たな審査制度の創設などを進めており、医療・ヘルスケア関連企業に留まらず、スタートアップや大手ITの市場参入も増えている。

日本でデジタル治療が注目を集めるようになったきっかけが、治療アプリ開発のスタートアップCureAppの登場だろう。同社は2020年8月、疾患治療用アプリでは国内初となる、ニコチン依存症向け治療アプリ「CureApp SC及びCOチェッカー」の薬事承認を取得し、同年12月に保険収載に至っている。他にも高血圧症向け、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)向け、アルコール依存症向け、がん患者支援向けの治療アプリを開発中。2021年12月には、慢性心不全治療アプリの開発に着手した。これは患者用、医師用、支援者(家族や介護職員)用の3つのアプリで構成され、患者の個別情報をもとに最適化された運動プログラムや疾病管理をオンラインで提供、画像解析やIoTを活用した非監視下での在宅運動モニタリングシステムも搭載するという。

VR治療プログラムも登場 広がる「デジタル治療」の可能性

CureAppが開発したニコチン依存症向け治療アプリ「CureApp SC及びCOチェッカー」

海外に遅れまいと、厚生労働省は2020年11月に「プログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略(DASH for SaMD)」を取りまとめ、プログラム医療機器の特性を踏まえた承認審査制度及び承認審査体制の強化に取り組んでいる。デジタル治療の開発・普及のためには、医療データの連携・集約やデジタル治療に適した薬事承認・保険収載の仕組みなども求められる。

VRを用いたデジタル治療も登場没入感やゲーム性がカギに

2021年11月、米国食品医薬品局(FDA)はApplied VRの開発したVRプログラム「EaseVRx」を、慢性腰痛の処方箋治療薬として承認した。EaseVRxは家庭で行えるVRヘッドセットとコントローラーを使った8週間の治療プログラムで、日常生活での腰痛の緩和を実現するものだ。

慢性腰痛治療VRプログラム「EaseVRx」は2021年11月にFDAの承認を受けた

プログラムは認知行動療法に基づいた2~16分のVRセッション56回で構成され、横隔膜呼吸トレーニング、マインドフルネスエクササイズ、リラックス、実行機能ゲームなどの疼痛管理トレーニングコンテンツを行える。臨床研究では痛みや睡眠、ストレスなどの改善が実証された。薬や手術による副作用の制限を受けない、腰痛の非侵襲的な治療方法として期待を集めており、2022年半ばの製品化を予定している。

デジタル治療ではないが、日本でも医師の原正彦氏が代表を務めるmediVRが、2019年3月からリハビリテーション用医療機器「mediVRカグラ」を販売している。VR空間上に表示される対象に向かって手を伸ばす動作(リーチング動作)をゲームの中で繰り返すことで、リハビリ患者に姿勢バランスや重心移動のコツを掴ませるという内容で、病院や介護施設への導入が進んでいる。リアル空間では曖昧になりがちだったリハビリの指示・評価がVR空間上では数値に基づき定量的に行えるため、患者ごとのリハビリの進捗をAIが分析し、リハビリ内容をパーソナライズ化することも可能になるという。

VRを利用したリハビリテーション用医療機器「mediVRカグラ」

ヘルスケア商品にゲームの要素を加えることで、患者等のモチベーションを高め、行動変容等を促す「ヘルスケアゲーミフィケーション」は、フィットネスマネジメント、メディカルトレーニング、投薬管理、理学療法などの領域で応用が広がっており、その世界市場は2021年から2027年までに年率約14.8%での成長が見込まれている(Report Ocean / Global Healthcare Gamification Market Size)。このような、VRなどを活用して没入感を高めたり、ゲーミフィケーションを活用して継続性向上などを図るデジタル治療の開発は、今後のトレンドのひとつになりそうだ。