花王株式会社の辻本です。
花王「ヘルシア」は、「モニタリングヘルス」というサービスを提供しています。このサービスでは、生活者の許諾を得て収集したデータを利用し、生活者の健康的な毎日を支えるサポートを行っています。
ビッグデータ活用時代と言われて久しいですが、今や一般的な事業会社においてもデジタルデータを活用した事業戦略策定や商品・サービス開発が一般的となりました。Cookieやプライバシーの規制強化に伴って、正しい形でIDデータ(顧客IDに紐づいた属性データや行動データ)収集・利活用を行う重要性が一段と増しています。
IDデータ収集には、生活者の許諾が必須です。ただ集めるだけでなく、生活者に新たな価値を提供しなくてはなりません。生活者がメリットを実感し、納得することで、企業は新しくて正確なIDデータを得ることができます。
今回は、私が昨年まで担当した緑茶系特保飲料「ヘルシア」を例に、IDデータの収集と、収集したIDデータを効果的に利活用するためにどのような準備作業を行ったか、その手順と注意するべきことをお話しします。
企業がIDデータを収集する2つの理由
企業がIDデータを収集する目的は、以下の2つに集約されると私は考えています。
特に重要なのが2点目。収集したIDデータをもとに、ユーザーの特徴を分析し、類似ユーザーにアプローチすることで、新規顧客を獲得できる可能性があります。
顧客基盤をより盤石なものにするためにも、IDデータ収集は企業にとって有益であり、重要な業務であると言えます。
しかし、自社のメリットばかりを考えるようではいけません。収集したIDデータから、どのような価値を生活者に提供できるかを考えることも、とても大事なことです。それができなければ、生活者はただ「企業にデータを吸い取られた」としか思いません。そうした不快な気持ちは、企業への信頼感を損ねるでしょう。
ヘルシアの「モニタリングヘルス」
生活者が納得する価値をどのように提供するか。「ヘルシア」では、「モニタリングヘルス」というサービスを開発し、2020年3月から運用を開始しています。
「モニタリングヘルス」とは、服を着たままの全身写真を2枚、スマホで撮るだけで、内臓脂肪レベルを推定算出してくれる、無料のWebサービスです。LINEのヘルシア公式アカウントに友だち登録をして、基本情報(性別・生年月日・身長・体重)を入力した人が利用できます。
たった2枚の写真から内臓脂肪レベルがわかる――この驚きの仕組みには、「5つの指標(性別・年齢・身長・体重・腹囲)から内臓脂肪レベルを推定するアルゴリズム」と、「AI身体採寸テクノロジーBodygram」が使われています。
提供開始後のアップデートにより、現在は、歩数や血圧を計測・記録し、内臓脂肪レベルと併せて、健康状態を把握できるようになっています。
「モニタリングヘルス」は、生活者の許諾を受けてデータをいただく代わりに、生活者の健康的な毎日を支えるサポートをするというメリットを提供しています。マーケティング的な視点では、「内臓脂肪の計測」「運動」「ヘルシアの飲用」の3つを習慣づけることで、生活者の健康意識を醸成しながら、「ヘルシア」のリピート購入を促すという販促効果を狙っています。
IDデータ収集・活用に向けた準備
「モニタリングヘルス」でIDデータの収集・利活用を行うために、まずは、IDデータ活用に向けた準備フローを作成しました。
データ収集というと、「何が必要かわからないけど、とりあえずいろいろな種類のデータを取ろう」「今すぐにデータを収集しよう」と言う人も少なくありませんが、使うあてのないデータを収集しても無駄です。
何のために、どんなデータが必要か。目的を明確化し、そのための計画と準備を怠ってはいけません。そのためにこの5つの手順が必要なのです。
それぞれの手順を詳しく解説します。
「モニタリングヘルス」のシステム構成図(簡略版)は下記のとおりです。最初にこのシステム構成図を見て、1つのIDデータで統合できるかどうかを確認しました。
「システム構成図なんて見てもわからないから、社外に任せよう」と考えてはいけません。マーケターがITシステムの深い知識を持つ必要はありませんが、自分たちが活用するシステム構成を理解して、事業戦略に合うサービス提供とデータ分析が実現できるかどうかは、きちんと自分の目で確認すべきです。
そのためにも、プロジェクトメンバーには、情報システム部門のような、ITシステムに詳しい人材を加えることをお勧めします。プロジェクトメンバー内にそういった人材がいない場合は、必ず社内で最適な人材を探して依頼しましょう。
次に、「モニタリングヘルス」の利用を通して購買に至るユーザーフローを整理します。ヘルシアの場合は、「認知」「LINE登録」「ユーザー登録」「サービス利用」「体験」というフローが根幹です。ここではそれぞれのフェーズを進んでもらうための細かい施策は省略することで、大きな流れを把握します。
ユーザーフローの整理と並行して、「フロー内のボトルネック」「モニタリングヘルスの利用状況」「サービス利用者・購入者の特徴」の3つを確認できるように、データ定義をします。
「モニタリングヘルス」の場合、ユーザーフローの各フェーズで、人数・利用深度に該当するデータを抽出できるように開発会社へ依頼しました。これらのデータがIDデータに紐づくことで、購入者の特徴も把握できます。こうした依頼も、最初にデータ収集の目的を明確にしているからこそできることです。
次に、サービス利用動向を詳しく見ていけるように、人数データと利用深度データを組み合わせて、下図のようなセグメント表を作成しました。
横軸にログイン状況、縦軸に内臓脂肪計測回数を置くことで、「モニタリングヘルス」の利用動向を見ながら、セグメントごとの特徴を探れるように設計しました。
全セグメント共通のアンケートや、セグメント別の分析をすると、それぞれのセグメントの違いがわかるだけではなく、今後とるべき戦略や戦術が明確になります。
たとえば、セグメントDのヘルシア購入者数が他セグメントと比べて非常に多い場合、下記の2つの仮説を踏まえて調査と分析を行い、今後の策を検討します。
1つ注意点があります。データ定義だけでなく、データ提出タイミングも目線合わせしておきましょう。
データには、すぐに入手できるものもあれば、加工に時間がかかるものもあります。関係者全員で、どのデータがどのタイミングで提出できるかを確認し、週次や月次で報告するデータを決めておくと、後々にトラブルが発生しません。
施策を回しながらIDデータを収集し、下記3つを繰り返し行います。
「モニタリングヘルス」の施策実施中にも、登録が当初の予定よりも進まない時期がありました。
その原因として、「登録の仕方がわからないからかもしれない」と仮説を立てて、詳しい登録手順を、LINEで配信しました。その結果、配信当日に、普段の10倍の登録が集まりました。このように、常に仮説を立てて、PDCAサイクルを回し続けることが重要です。
また、継続的に「モニタリングヘルス」を活用してもらうことで、データをより多く収集できるような企画も実施しました。
ヘルシアのコアターゲットである40〜50代男性に人気の仮面ライダーとコラボして、オリジナル動画やオリジナルグッズが当たるキャンペーンを織り交ぜて、楽しく続けられる仕組みを用意しました。
戦略の再考につながるID活用
ID活用しながら施策を展開していくうちに、あることがわかりました。
当初は「モニタリングヘルスの利用が、ヘルシアの購入につながる」と仮説を立てましたが、実際は因果関係が逆でした。「ヘルシアの購入が、モニタリングヘルスの利用につながる」ことがわかったのです。
ユーザーフローが違えば、とるべきアプローチも変わります。「モニタリングヘルス」がトライアル喚起につながらなかったことは反省点です。
一方で、既存顧客のロイヤルティ向上につながることがわかりました。加えて、目的を明確化させたIDデータの取得によって、ブランド戦略を再考できた点は、大きな成果だったと思います。
IDデータ活用への取り組み姿勢は、企業によって異なります。これから始める企業もあれば、もうすでに始めている企業、活用見込みがあるか検討中の企業などさまざまです。
これまで花王でIDデータ活用に取り組んできて思うのは、「とりあえずやってみよう」は戦略ではない、ということです。大切なのは下記の3つです。
生活者が納得してデータを提供してくれる仕組みを作ることが、何より大事だと思います。今回の記事が、同じような課題に取り組む皆さんにとって、何らかの参考になると嬉しいです。
関係者からの一言(株式会社電通デジタル)今回の「モニタリングヘルス」を活用する施策において、特に意識したことは以下の2つです。
①ユーザーが楽しみながら継続利用したくなる工夫
一例として、仮面ライダーのクリエイティブを活用した施策では、モニタリングヘルスの活用回数に応じて動画・デジタルカードを収集させる仕組みを取り入れ、コアターゲットが継続し、モニタリングヘルスに訪問したくなるように設計。同時にSNSキャンペーンでの拡散を狙ったことで、サービス未登録のユーザーにもリーチできることを意識してアプローチを図りました。
②モニタリングヘルスのユーザーの動きの可視化
ユーザーフローおよびサービス利用状況を人数データにて可視化し、実際どこにボトルネックがあったのか、モニタリングヘルスを活用するユーザーに、どのような情報を届けると継続利用につなげることができるのか、を複数の仮説を立て企画に反映しました。
仮説プランニングから実行後、人数データがどのように推移したのかを定点的に観測。その数値を関係者全員で把握し、共通認識を持って次なる打ち手を検討していくことの重要性を改めて実感した案件でした。
関係者からの一言(株式会社CDG)本施策の開発では、Bodygramや歩数連携機能など先進的なテクノロジーをサービスの根幹として組み込んでおり、収集データ項目の調整に多くの時間を費やしました。
モニタリングヘルスのリリース以降はデータ収集を行いました。結果、商品特性上ロイヤル層への施策効果が非常に高かったのですが、新規層や離脱層に対しての取り組みは効果実感に課題があると感じたので、ライトユーザーに対しては、より「簡単」「楽しい」「ためになる」などのサービス価値を開発するため、初期の収集データ項目設定以上に多くの時間をかけて設計しました。今後も花王様とともにユーザーの使用実態調査、ユーザーアンケート結果等をもとにサービス価値向上に取り組んでまいります。