早稲田大学スポーツ科学学術院の林直亨(はやしなおゆき)教授および国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の濱田有香(はまだゆか)の研究グループは、液状の食べ物を口の中に含んで(ゆっくり味わって)、あるいはよく噛んでから食べると、普通に飲み込む際に比べて、食後90分間にわたりエネルギー消費量が増加することを、このたび明らかにしました。この研究成果は、ゆっくり味わって、よく噛んで食べること(咀嚼すること)が食後のエネルギー消費量を増加させることの科学的論拠となります。これにより、「咀嚼をする」ことを基本とした減量手段の開発に今後役立つと期待を持つことが出来ます。
本研究成果は、2021年12月9日(木)午前10:00(グリニッジ標準時)にNature Publishing Group(英国)のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』で掲載されました。
雑誌名:Scientific Reports論文名:Chewing increases postprandial diet-induced thermogenesis
早食いに関連して体重が増加する可能性が示唆されています。これまでに、固体の食べ物について、食べる速さが早く、飲み込むまでの咀嚼する回数が少ないほど、体重やBMIが増加傾向になることは、すでに林教授らの研究グループが報告しています(Hamadaら, 2017*2)。
早食いが体重増加をもたらす要因には、①早食いが過食をもたらすことと、②早食いが食事誘発性体熱産生量(DIT*1)を減らすこと、これらの2つが関与すると考えられています。林教授らの研究グループの報告は、後者の影響について述べています。すなわち、300kcalのブロック状の試験食や、パスタなどの食事をよく噛んで食べると、早く食べるよりもDITが増加することを明らかにしています(Hamadaら, 2014*3, 2016*4)。
ところが、これらの研究では、飲み込む際の食塊の大きさがDITに与える影響を排除することができませんでした。
そこで、今回の研究では、液状の食物を用いた際でも、固体の食物同様の現象が起こるのかを検証しました。また、飲料を摂取する際でも、ゆっくり味わい、よく噛むことがDITの増加をもたらすか検討しました。
まず、被験者11名(平均年齢23歳)に安静時の値を測定後、全員に日を開けて3回ずつ異なる試行方法で、同じ飲料(20mLのコップに分けた10杯のココア味の飲料:合計200mL)を5分間で摂取してもらいました。一つ目は、飲料20mLを30秒毎に1回飲み込むことを10回繰り返しました(対照試行)。二つめは、飲料20mLを30秒間口に含んだ後に飲み込むことを10回繰り返しました(Taste試行)。三つめは、30秒間口に含んでいる間、1秒に1回噛んでから飲み込むことを10回繰り返しました(Chew試行)(図1参照)。
図1 実験の概要
各回ともに、摂取前から飲料摂取90分後まで、ガス交換変量*5を計測しました。その値からエネルギー消費量を算出し、DITをそれぞれ求めました。DITは食後のエネルギー消費量から、食事前の安静値を引いたものとして表しています。
結果は次の通りです。食後90分間のDITの総計は対照試行の場合、平均3.4kcalでした。味わう時間を長くしたTaste試行では平均5.6kcalであり、対照試行よりも有意に高い値を示しました(図2)。これは、味わうことがDITの増加に関与することを示しています。さらに、咀嚼を加えたChew試行では7.4kcalと他2つの試行よりも有意に高い値を示しました。こちらは、味わうことに加えて、咀嚼が加わるとさらにDITが増加することを示しています。
この結果によって、固形食のみならず、液状の食べ物であっても、ゆっくり味わい、よく噛んで摂取することで、DITを増加させられることが明らかになりました。また、飲料でも固形食と同程度のDITが得られることが分かりました。先行研究では、固形食摂取後の90分間のDIT総計は、早食いでの0.4kcal程度から、遅食いの10.4kcal程度でした(Hamadaら, Obesity, 2014*3)。液状の食べ物を摂取した今回の結果は、概ねこれらの数値の範囲になりました。
図2 DITの90分間の総計を個人値と平均値で示しました(黒印が平均値)。多くの被験者で対照試行よりもTaste試行で、さらにChew試行でDITが増加していることが分かります。*は試行間に差があることを示し、3試行間全てに統計的な有意差(危険率<0.05, ANOVAとBonferroniの事後検定)が観察されました。
固形食における咀嚼とDITの関係を検証した先行研究(Hamadaら, Obesity, 2014*3, 2016*4)には、飲み込む食塊の影響が含まれていました。本研究では、飲料を用いることで、この影響を排除することが実現できました。したがって、本研究成果により、ゆっくり味わいよく噛むこと(咀嚼すること)のDITへの影響を明らかにすることができたと考えられます。
本研究成果は、「ゆっくり味わって、よく噛んで食べること(咀嚼すること)」が食後のエネルギー消費量を増加させることの科学的論拠となります。咀嚼を基本にした減量手段の開発に今後役立つものとして期待を持つことが出来ます。
「ゆっくり味わって、よく噛んで食べること(咀嚼すること)」がDITを増加させるメカニズムとしては、褐色脂肪細胞においてより多くのエネルギーが消費されているのではないかと予想されるものの、現時点では推測の域を出ません。今後は、咀嚼することがエネルギー消費量を増加させるメカニズムを明らかにする研究を行う必要があります。
昔から「よく噛んで食べなさい、牛乳もよく噛んでから飲みなさい」などと言われます。これらの言葉の意義はこれまで明らかではありませんでしたが、本研究によって、ゆっくり味わい、よく噛むことの科学的裏付けが示されました。
Horace Fletcher(1849-1919)は、咀嚼の重要性を世界に説き、自らもよく咀嚼して健康を手に入れた人ですが、その考えがあらためて評価されることにつながるかもしれません。
栄養素の消化・吸収によって、摂食後に生じる代謝に伴うエネルギー消費の増加量です。1日の総エネルギー消費量の1〜1.5割程度を占めます。
Hamada, Y., Miyaji, A., Hayashi, Y., Matsumoto, N., Nishiwaki, M., Hayashi, N. 2017 Objective and Subjective Eating Speeds Are Related to Body Composition and Shape in Female College Students. Journal of Nutritional Science and Vitaminology63(3) 174 – 179
Hamada, Y., Kashima, H., Hayashi, N. 2014 The number of chews and meal duration affect diet-induced thermogenesis and splanchnic circulation. Obesity 22(5)E62- E69
Hamada, Y., Miyaji, A., Hayashi, N. 2016 Effect of postprandial gum chewing on diet-induced thermogenesis, Obesity 24(4)878-885
肺でのガス交換を対象に測定される、換気量、酸素摂取量、二酸化炭素排泄量などの指標を指します。本研究では、酸素摂取量からDITを算出しています。
(8) 論文情報
雑誌名:Scientific Reports論文名:Chewing increases postprandial diet-induced thermogenesis執筆者名(所属機関名): HAMADA Yuka (National Institute of Health and Nutrition, National Institutes of Biomedical Innovation, Health and Nutrition, and Waseda Institute for Sport Sciences, Waseda University), HAYASHI Naoyuki (Faculty of Sport Sciences, Waseda University, and Tokyo Institute of Technology)
掲載日時(現地時間):2021年12月9日(木)午前10:00掲載日時(日本時間):2021年12月9日(木)午後7:00掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-021-03109-xDOI:10.1038/s41598-021-03109-x
(9) 研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)
研究費名:日本学術振興会特別研究員DC2奨励費(15J11944)研究課題名:食後のエネルギー消費量を増大させる食べ方の探索研究代表者名(所属機関名): 濱田有香(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所 栄養・代謝研究部、早稲田大学スポーツ科学研究センター)
研究費名:ロッテ財団 奨励研究助成研究課題名:食後高血糖を防ぐ食べ方の検討研究代表者名(所属機関名): 濱田有香(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所 栄養・代謝研究部、早稲田大学スポーツ科学研究センター)