「○○は体によい」とか「●●は体に悪い」といった話はよく聞きますが、食べ物が人の健康に与える影響を厳密に評価するのは難しいです。薬なら投与群と対照群をランダムに分けるランダム化比較試験という手法がよく使われていますが、食品・栄養の分野ではバイアスが入りやすい観察研究が主で、ひどい場合には動物実験や試験管内のレベルの研究だけで体によいとか悪いとかいう言説がつくられています。
とは言え、ランダム化比較試験がまったくないわけではありません。2017年にチェコから、赤ワインと白ワインを比較したランダム化比較試験が報告されました。研究の背景には「赤ワインは体によい。特に冠状動脈性心疾患を予防する作用があるのではないか」という仮説があります。「フレンチパラドックス」といって、フランスでは動物性脂肪の摂取が多いわりに冠状動脈性心疾患が少ないことが知られていますが、その一因に赤ワインの消費が関係している可能性が指摘されていました。動物実験レベルでは、赤ワインに多く含まれているポリフェノールに心臓や血管に良い作用があることもわかりました。ただ、観察研究や動物実験だけでは、本当に赤ワインが体によいかどうかはわかりません。
そこで、この研究では、健康な成人157人をランダムに赤ワイン群と白ワイン群に分け、1年間それぞれのワインを飲んでもらい、HDLコレステロール値(いわゆる「善玉コレステロール」)や、そのほかの動脈硬化に関する検査値を測定して比較しました。対照群が白ワインなのは、アルコールの影響ではなく、赤ワインに多く含まれているポリフェノールなどの影響を評価するためです。検査値だけではなく、実際に冠状動脈性心疾患を発症したり、死亡したりした人の数を比較したいところですが、それではお金も時間もかかりすぎます。代理指標に過ぎない検査値しか評価してない点はこの研究の限界の一つです。
参加者のうち、体重70kg未満の女性は1日200mL、男性および体重70kg以上の女性は300mLのワインを摂取しました。ワインはボトルで参加者の自宅に届けられました。通常、臨床試験では参加者から対価を取りません。論文に明確に記載はありませんが、ワインも無償で提供されたのでしょう。こうした臨床試験なら参加者を集めるのには苦労はなさそうです。ちなみに、転売していない確認のためコルクは回収されたそうです。
気になる結果ですが、研究者の予想とは異なり、赤ワイン群と白ワイン群で有意な差はありませんでした。研究者は残念に思ったでしょうが、「1日200~300mLの赤ワインを1年間摂取しても、白ワインと比べて、動脈硬化に関係する検査値に良い影響を与えるとは言えない」という新しい知見が得られたわけで、研究が失敗したのではありません。
他の多くの研究成果も合わせると、現在では「赤ワインは体によい」という仮説の信憑性はかなり乏しいようです。フランスで冠状動脈性心疾患が少ないのは赤ワイン以外の要因が影響しているのでしょう。また、「赤ワインに限らず、適量のアルコールは体にいい」という仮説も、前回紹介した通り、否定的な研究が出てきています。健康を目的にお酒を飲むのはおすすめしません。
赤ワインやアルコールに限らず、「○○は体によい」とか「●●は体に悪い」といった話の多くは疑わしいです。プラスにせよマイナスにせよ、単一の食品が健康に与える影響はほとんどないか、仮にあっても小さいことを覚えておくと、怪しい健康情報に惑わされずにすむでしょう。(酒井健司)