働き方改革やリモートワークの推奨に起因して、アニメーション業界においても場所を問わない自由な働き方が注目されるようになっている現代において、ハイエンドGPUを搭載したモバイルワークステーションの需要は急速に高まっている。今回はアニメーション監督りょーちも氏に、第10世代インテル® Core™ i7-10875HとGeForce RTX3080を搭載したRazerの新モデル「Razer Blade Pro 17」を使用してもらい、目下研究中という新しいワークフローを実践してもらった。
TEXT _神山大輝(NINE GATE STUDIO)PHOTO _弘田 充
「パッとメモをとるようにアニメーションをつくる」働き方を制限しないPC選びが重要
CGWORLD(以下、C):まずは自己紹介をお願いいたします。
りょーちも氏(以下、り):りょーちもと申します、今日はよろしくお願いします。もともとはアニメーターや原画マンで、2Dアニメーションの仕事を中心に行なっていました。そこから『鉄腕バーディー DECODE』のキャラクターデザインや総作画監督、演出のお仕事をさせていただきながら、長い間アニメ業界に関わって来ました。
C:作品に3DCGを取り入れたきっかけはどういったものでしたか?
り:『夜桜四重奏 〜ハナノウタ〜』(2013)で監督をさせていただいた時、Adobe AnimateでFlashをベースにしたアニメ制作をしようとして、プログラム開発も同時並行的に行なっていたんです。ツールに対して思い入れがあったというか、「アニメをただ作るのではなく、ツールごと作っていきたい」という思想になって。そこから海外のワークフローや表現の手法を学びはじめ、並行してひとつの表現手法として3DCGも学んでいきました。2017年頃には3D演出の仕事をやらせていただいて、その時はいただいたモデルやカメラを使って自分なりにレイアウトを切ったり、素材を出してアニメーションに使うなどの使い方をしていました。でも、どうせやるなら自分でキャラクターを作れた方が良いと思いましたし、キャラクターが作れたらリギングやセットアップも分かった方が良いだろうと思って、現在はひと通り自分がすべて触るかたちでノウハウを蓄積しています。
C:現在はBlenderをメインに使われているとのことですが、この理由を教えていただけますでしょうか。
り:もともと3DCGを始めたきっかけとも重なるのですが、自分が作品をつくる時はいつも「キャラクターが常にその空間にいる」ことを意識し続けています。例えば柱の横にキャラクターがいた時、次のカットでもその柱の横にいないといけないじゃないですか。でなければ整合性が取れないので、2D作画の場合、画面の外にいるキャラクターの場所もずっと意識し続けながら制作を進めていくことになります。
Blenderで3DモデルとGreasePencilを併用して絵づくりの制作パターンを作成しているとのこと
でも、3DCGなら、柱の横にキャラクターモデルを置いておけば、キャラクターが動こうとしない限り「常にそこにいる」ということになるんです。それならば3DCGの方が優位なのか?と言われるとそうではなくて、例えば表情ひとつ取っても2Dなら「描けばいい」で済む話が、リギングやモーフなど色々な技術的要素を組み合わせて実現することにもなって来ます。「描けば済むことは描く」、「キャラクターがその場に在り続ける」、この2点を両立するためには、結局は2Dも3Dも、どちらもの知識が必要になるわけです。3D空間で普通に絵が描けるというツールを探していた時、Blenderに出会いました。まだまだ発展途上ですが、進化の過程が自分にフィットしているように感じたんです。
りょーちも氏自主制作作品。つまちゃんが、VR上で制作した場所を動き回るC:りょーちも氏は新たなプラグインなどを使用した研究成果をSNS等で積極的に発表しており、技術分野に明るい印象があります。普段はどういった環境で自主的な制作を行なっているのでしょうか。
り:PCはハイスペックであればあるほど嬉しいのですが、自分の働き方がかなり自由に移動するということで、デスクトップPCではなくバッテリー駆動できるPCを使っています。愛用しているのはペンタブレット付属のモデルですが、VRなどGPU負荷の高い作業の場合はよりハイスペックなワークステーション(※)を使っています。いずれにせよ、コスト面と「自分のやりたいこと」を考えて必要な端末を選ぶべきだとは思いますね。
※参考:りょーちも氏が以前VRの案件で使用していたデスクトップPCのスペックCPU:Intel Core i9-9900K 8コア/16スレッド、GPU:Geforce GTX 970、メモリ:16GB、ストレージ:1.5TB
C:リモートワークなどを見越した身軽な装備がいい、ということでしょうか。
り:「どこにいても仕事がしたい」ということです。小説家が思い立った時にパッとメモを取るように。録音機を持って、歩きながら考えたことを話すように。このレベルで、思い立ったらすぐアニメーション制作に取り掛かれる、という意味での軽快さですね。確かにコロナ禍において働き方も大きく変わりましたが、今後は自分の働く場所を自分で自由に選べるようになるはずで、これからはPCがその人の働き方を制限しないということが重要になると思います。
C:その意味では、今回お使いいただいた「Razer Blade Pro 17」は、まさに場所を問わず制作をしたいクリエイター向けのハイスペックなモバイルワークステーションです。ファーストインプレッションについて、率直な感想をいただけますでしょうか。
り:このまま持って帰りたいくらいスペックが高くて、ビューポートもすごく速い! いろいろキャッシュしないでいい、というところでかなり助かりました。スペックの話はまた後ほどさせていただきますが、筐体を見てもディスプレイの発色が良く、見た目が綺麗に出るので映像チェックなどにも耐え得るかと思います。ハイスペックなGPUを積んでいるぶん、排熱などもあるかと思いますが、ファンの音などはまったく気になるレベルではないですね。デザインもシンプルで良いと思います。
総合的なスペックを必要とする様々なツールを取り入れた新しいワークフローで力を発揮!
C:では、今回の検証内容について教えて下さい。
り:まずは現在制作中のBlenderのシーンをひと通り動かしてみました。趣味程度のもので、お恥ずかしいんですけど。キャラクターの髪の毛は物理シミュレーションですが、キャッシュなくリアルタイムに動いてくれています。作ったものが待ち時間なく確認できるのはありがたいですよね。ただ、正直言ってシーンを動かすだけではRazer Blade Pro 17の性能を100%活かし切れていないので、今回はワークフローの中でも最も負荷の高いVR空間での背景制作を行いました。
C:今回お試しになったというワークフローの全体像をご説明いただけますでしょうか。
り:Blenderをベースにしたアニメーション制作の一貫として、背景制作からカメラワークまでを行いました。まずはOculus Quest 2と検証機をOculus Linkで接続し、「Tilt Brush」で背景描画を行いました。ここが最もGPU負荷の高い作業になりますね。制作した背景をGoogle Drive経由でBlenderにインポートし、あらかじめ作っておいたキャラクターを配置後、「VirtuCamera」を用いたバーチャルカメラで撮影を行うといった流れを一通り実践しました。せっかくモバイルワークステーションということで、今日は実機を持って来ています。今ここで、背景を描くところから実際にやってみますね。
「Tilt Brush」はVR空間上にペンを使ってお絵かきをするようにモデリングができるツールで、柔らかい絵が出しやすいので愛用しています。ポリゴン数なども意識せず、広い領域を簡単につくることができるので、パッと設定画のようなラフを作って共有できるのが良いですね。従来はIntelcore i7-6700、Geforce GTX 970、メモリ16GBというスペックのマシンを使っていましたが、さすがに大量に描き込んだ時にかなり重くなってしまっていました。いま見ていただいている通り、RTX 3080を搭載しているRazer Blade Pro 17はかなりスムーズに動いているのが分かるかと思います。ちなみに、Tilt BrushはOculus Quest 2単体でも動きますが、その場合はリアルタイムライティングが適用されないので、PC接続でつくっていきます。
【左】Oculus Quest 2とRazerをOculus Linkで接続し、VR空間上でモデリング【右】約15分ほどで部屋のモデルが完成Tilt Brushでのモデリングのキャプチャ動画C:ここまで素早く3D背景が作れるんですね。モバイルながらVR対応のマシンであることもひとつのポイントかと思いますが、Blenderでの作業での影響はいかがでしょうか。
り:Tilt Brushで制作したモデルはGoogle Driveに直接保存されるので、それをそのままBlenderにインポートします。いまは部屋を描いているのですが、当然もっと広域のステージをつくることがあって、必然的にデータ容量が重くなります。このあとの工程で、キャラクターを配置してカメラでレイアウトを切って、という作業をするので、GPU性能が低いとマシンがひぃひぃ言ってしまいます。また、自分の場合はBlenderを3個くらい立ち上げて同時にレンダリングを行うなどもやりますので、マシン負荷が高い使い方をしているとは思います。
ここからはバーチャルカメラの工程を試してみます。バーチャルカメラは、実際のカメラにマーカーをつけて動かし、3D空間上のカメラに動きを反映する作業になりますが、一般的には大規模な設備が必要になります。リアルタイムでカメラワークを付けて、必要があれば手修正し、スピーディにカットを量産したい。でも、身軽な装備で、自宅でもどこでもできるようにしたい、ということで今回はiPhone向けのバーチャルカメラアプリ「VirtuCamera」(同一Wi-Fi上のマシンと連携し、iPhoneの動きをキャプチャしてDCCツールに反映するアプリケーション)を使用しました。
C:画作りにおいて、バーチャルカメラを自らが行うことの利点はどういった部分にあるのでしょうか。
り:スピーディにカメラワークをつくれるところが利点ですが、それ以外にも「カメラマンがドキュメンタリーを撮影する」ような画作りが簡単に実現できるところです。例えば、上から下に落ちていくキャラクターをカメラが追うとき、カメラが追い付かなかったり、逆に行きすぎたりといった演出は、2D作画だとかなり計算しないとつくれない演出です。背景セットと、アニメーションが組まれたキャラクターがいて、それをあたかも実写のドラマ撮影に近いかたちで撮影することで、特徴的なカメラワークをつくりだすことができます。
VirtuCameraを使ってカメラワークを作成
C:この工程において、PCスペックが重要となる理由などを教えて下さい。
り:リアルタイムでキーを打つので、プレビューの描画段階でかくついていると、かくついたままでキーが打たれてしまいます。カメラのモーションを同期するのはCPU演算で、リアルタイムな描画はGPU処理、そしてVirtuCameraなどPC外のデバイスとネットワークで連携を取るためにもさまざまな負荷が掛かってきますので、総合的なスペックが必要になります。一見するとなんの変哲もなく動いているように見えますけど、かなり速くて作業がスムーズです。
C:ありがとうございました。実演を交えて詳細に検証をしていただいたことで、より理解が深まりました。GPUを含めた総合的にスペックが高いモバイルワークステーションであれば、どんな環境でもこうしたアニメーション制作ができるということは、クリエイターにとってもありがたいですね。
り:そうですね。BlenderやUnityは初期コストが掛かりませんし、今の時代は3DCGにトライしようと思ったら、PCさえあればすぐ簡単に試せるはずです。スペックの高いPCは高価ではありますが、そこさえ頑張って購入してしまえば、あとは様々なソフトウェアを使って自由に作品を生み出せるのかなと思いますね。