Apple(アップル)のiPhoneとSamsung(サムスン)のGalaxyはどちらも軌道に乗るのに5年かかりました。
Pixelも登場からちょうど5モデル出した今が勝負どき。真打ちのフラッグシップでメインストリームに食い込むべくこの秋発売のPixel 6(噂は本当だった!)ではGoogle(グーグル)も大きなチェンジを用意しています。
発売に先駆けてGoogleデバイス&サービス部門上級VPのRick OsterlohさんにPixel 6の詳細と、同モデルに搭載になるGoogle独自開発のチップ(こっちの噂も本当)の話を伺ってきました。
本題の前に過去歴々のPixelをちょっと振り返ってみると、Pixel 1、Pixel 2、Pixel 3(3XL)はPixel 6みたいなツートンカラーで、Googleのソフトウェアを見せることに重点を置く平易なデザインでした。Pixel 1でGoogleアシスタント、Pixel 2でGoogleレンズがそれぞれローンチして、Pixel 3では夜間撮影モードのNight Sightが登場し、スマホメーカーのモバイル撮影の考え方に変化をもたらしました。
旧モデルのツートンカラーをリミックスしたのがPixel 4で、外部環境と一体化するアンビエントコンピューティングを提案。廉価版のPixel 4a 5G(4a)も出ました。Pixel 5(レビュー動画)ではその延長でフラグシップというよりは普及版のミッドレンジスマホに近い展開となり、バイオレジンのコーティングで差別化は図っていますがハードウェア的に特に目新しさはなくて、4と5については手当たり次第に持ち駒投げてヒットするものを確かめてる局面なのかなと感じますが、試行錯誤しながらもGoogleはスマートフォンコンピューティングの未来を見据えたAIと機械学習の開発に邁進し続けています。
次期Pixel 6はミッドレンジというよりは正真正銘のフラグシップモデルであり、Google自製チップ Google Tensor初搭載スマホでもあります。
「今回ハードウェアの開発でチームが掲げたミッションはGoogle集約バージョンをつくること。これは自社が持てる最高のAIソフトとハードを組み合わせることで実現します」とOsterloh上級VPはやる気満々。
これまでのように他社製チップを買って導入するのではなく、PixelではSoCを社内で開発することによって、Googleのビジョンの実現に必要なAI、機械学習の処理性能をダイレクトに届けていくことになります。
ここ何年かPixelで少しずつ試してはきています。HDR+も通話スクリーニングもNight Sightもみな実現には高度な機械学習とAIのさまざまなテクニックが活かされています。ただスマホ上でできることには限りがあって思うほど実践できないのが現状。これが大きなフラストレーション要因になっていました。
それを変えるのが次期モデルであり、新チップは「われわれにとっては5年前のPixel初ローンチ以降、最大のスマートフォンのイノベーション」という位置づけです。
その名のとおり、当社のオープンソースのAIソフトウェア開発ライブラリとプラットフォームに弾みをつけるものですね。一番の狙いは最新AI技術の動作環境をスマホに確保すること。Pixelで文字通りGoogleの(AIと機械学習の)ベストモデルを動かせるようになります。
具体的なTensorのアーキテクチャ、全体的な性能は聞き出せませんでした。どこに製造を委託したのかもまだ企業秘密みたいですが、取材ではクラウドに頼らなくてもローカルのチップ上で”データセンターと同等レベル”のAIモデルを処理可能だということまでは教えてくれました。端末上のチップで対応できるAIの処理性能が上がれば、わざわざクラウドに個人情報を送って処理しなくてもいいので転送時の漏洩リスクも減るし、プライバシー保護にはプラスになりそうですね。
どこもまだ真のモバイルSoCの開発はできていない。だったらそこから始めてみようじゃないかというのがTensorの出発点です。プラットフォーム開発にあたっては今後の研究の方向性をじっくり見据えながら、AI研究員らと共同で設計作業を進めてきました。
と語っていました。
従来のチップにできなくて、Tensorにできること
気になるのは、具体的にどんなことが可能になるのか、です。Osterloh上級VPは、ほぼ最終完成形に近いPixel 6試作機を取り出して、TensorがあるからできるPixel6の今秋デビューの新機能をいろいろ見せながら説明してくれました。プレビューは撮影禁止だったので自前の写真や動画でお見せできないのが残念ですけど、Google提供の動画や写真で見るのと同じクオリティでしたよ。
まず最初に出たのは、わんぱくキッズの写真です。片時もジッとしてないのでスマホだとどうしてもピンボケになっちゃう、難易度の高い被写体。この写真もやはり身体の一部(手や顔など)が流れてしまってて普通ならゴミ箱直行なところ、Pixel 6ではTensorとコンピュータ処理のおかげでボケもすっきり補正できちゃってます。これなら残しておいてもいいかなというレベル。
上級VP曰く、TensorはGoogleのニーズに合わせて設計したものなので、Tensorでは処理中であっても、もっと簡単にデータを改変できるようメモリのアーキテクチャを変えることが可能なんだそう。他社製プロセッサの多くがチップのISP(画像信号処理)に依存するなか、Google製はより効率的に一定のタスクをTensorのAI処理エンジンにオフロードすることで処理性能と省電の両方を改善したのだといいます。
物理的に実現不能だったことを、Tensorを使うことで実現可能なことに変えていくのがわれわれのやろうとしていることです。たとえばこういうシーンの撮影では、クッキリ鮮明な画像は超高速露光の超広角センサーを通して捕捉し、普通の露光のメインセンサーにも通すという、2つのセンサーの処理を同時に行なっているんですよ。
超絶技巧のコンピュータ処理はまだあります。
それと並行して、被写体の動きは機械学習モデルで捉え、顔の有無は顔認識モデルで判定しています。こうした機械学習のテクニックはすべてTPUとスマホ上のあらゆるリソースを駆使して同時に並列処理するということをやっているんです。
こうして生まれた写真は100%シャープってほどじゃないにしても差は歴然です。愛嬌はあるけどボヤっとしていた写真とは比べ物にならないほどよくなっていましたよ。
写真以外にもこんなにある、Tensorだからできること
同じシーンをiPhone 12、Pixel 5、Pixel6で捉えた映像も見せてもらいました。動画のほうがAI処理に負担がかかるはずなのに、TensorのおかげでPixel 6はリアルタイムでHDRの映像を表示させながら、夕焼けを検出して自動的にそれに合わせたホワイトバランスに補正してダイナミックレンジを補強してくれるんです。これはiPhone 12もPixel 5も正しく処理できなかった部分。
Tensorは下手すると動画のコンピュータ処理用に開発されたものと言ってもいいくらい。動画を撮りながらリアルタイムで機械学習の処理ができるなんて今の基準では考えられないことなので、これはビッグチェンジになる気がします。
個人的に取材で一番テンション上がったのはフランス語でプレゼンする人の動画のデモでしたけどね。実は僕、フランス語は中高で6年やったんだけど苦手で、聞き取れたとしてもせいぜい1フレーズか2フレーズというレベル。なのに上級VPがタタンとタップしただけで文字起こしだけじゃなく字幕までライブで表示されるので、これは感動でした。そうなんですよ、Pixel 6では録画しながらリアルタイムでフランス語を英訳できちゃうんです~はい~。まあ、Googleのライブキャプションと通訳モードの各機能は前からあるし、いろんな端末で使えるわけですが、スマホで同時処理はムリでした。これは単に、これまでのチップはそんなAI&機械学習を処理できるようにはつくられていなかったから、だったのですね。
Gboardの音声ディクテーションの新機能も見せてくれたんですが、これもすごかった。声でSMSを入力できる機能なんですが、Pixel 6では言い間違いがあればリアルタイムで自動校閲までしてくれて、校閲漏れがあれば、メッセージを中断することなく手動で修正も可能。音声認識のスピードと精度は無茶苦茶上げてきてます。こういう地道な進化がTensorの強みなんだね。
気になる本体の話も少々
Pixel 6はハードウェアも注目ですけど、スペックはまだ正式には発表されていません。Pixel 4と5を見て「Google、フラグシップスマホやめちゃうの?」と言ってる人もいるので、出す気あるんですかと思い切って聞いてみたら…
はい。このPixel 6とPixel 6 Proがそれです。
とのことでした。
Pixel 6もPixel 6 Proも従来のデザイン要素を少し採り入れながら、遊び心たっぷりな見た目になってます。面白くない、ときめかないと言われたツートンカラーをやめて、なんと3色投入! しかも表も裏もガラスです。色は数点ある組み合わせから、好きな配色のものを選べます。なんかペンキ売り場にぶら下がってる色見本を今っぽくアレンジしたように見えなくもないですが、悪くありません。
ベゼルも超薄です。Pixel 6ではセルフィ―用カメラが左上からもっと真ん中に移動しました。画面は有機EL。明るくて大きい。そう、Pixel 6もPixel 6 ProもかなりLサイズ。最低でも6.5インチかそれ以上あります。特にPixel 6 Proは大きくて、Galaxy S21 Ultra並みのサイズでした。
カメラの出っ張りはPixel 6は「カメラバンド」(Osterloh上級VP)というところに収容されています。これ結構デザインが締まるし、カメラアピールになりますよね。これはPixel 4で模索を始めた方向性です。Pixel 6のカメラのスペックは不明ですが、無印とProの一番の違いが出るのもカメラバンドで、無印のPixel 6は広角と超広角の2カメラなのに対し、Pixel 6 Proは長らく待望の望遠レンズ(4倍光学ズーム)がプラスになってます。
Pixel 6もPixel 6 Proもプレミアム感十分で、デザインもコンポーネントもソフトウェアも妥協を感じません。これは昨年のミッドレンジ路線とは全然違う、うれしいターンアラウンド。”Pixel 3を見ればわかる事実「Googleはハードウェアを軽視しすぎ」"を書いた自分が言うんだから本当です。
桃栗3年スマホ5年
Appleの第6世代はiPhone 5で、iPhone史上最大のヒット商品となりました(一番重要な転機のモデルは初代とiPhone X)。サムスンもS6とS6 Edgeで両面ガラス張りデザインと曲面ディスプレイが導入になって、それに続く5年間はこの2つがサムスンスマホデザインの象徴みたいになりましたよね。同様にGoogleもPixel 6と新Tensorチップでは、AIと機械学習を使ってアンビエントコンピューティングのビジョンを強力に推進する姿を見せてくれそうです。
Osterloh上級VPの解説とデモ、Pixel 6の実機を見てもっとも強烈だったのは、秋のローンチに寄せるGoogleの並々ならぬ自信です。ふつう会社は発売前にこんなに細かい話まで教えてくれません。それじゃなくてもリークや噂が四六時中流れる時代。詳細は正式発表まで伏せるのが常識ですけど、Pixel 6でGoogleがやろうとしていることはAIと機械学習の地盤固めのみならず、5年の研究開発の下積みを大々的に売り出すことでもあります。秋に実機を手にとって時間をかけて使ってみるまでは、まだなんとも言えないけど、取材で見てきた限りではPixel 6かなり期待できそうです。
訂正[2021/08/06]PixelとiPhoneの取り違えを修正しました。